「みち」の分かれを「岐路」「追分」という

「分かれ道」には「塚」が立ち「追分」とか「岐路」とも書いた。
 人にもそれぞれ「自立」なり将来の図面を考える「岐路」がある。

 当方も必然的に子ができ、そうなったが人それぞれである。
 古くは信長、家康よりは「秀吉」が参考になる。

 なぜかといえば、人もとより「無」から始まる方が多いはず。
 「秀吉」は18歳で信長に使え、24歳で結婚、28歳で墨俣一夜城、
 という現在的にいえば建築一式工事を非常に短期で行った元祖である。

 近代政治家、行政官僚では「廣田弘毅」という外務大臣を4回行い、
第51代総理大臣を務め、唯一文官で戦犯となり1948(昭和23年)
いわゆる「東京裁判」で死刑の判決を受け執行された方がいる。

彼が外交官試験を主席で受かったのは28歳であり、同期の吉田茂
元総理大臣とは28歳が「岐路」であったが人生長くわからない。

「みち」の分かれるところを「岐路」とも「追分」ともいう。

「信濃追分」は有名だが「新宿追分」は忘れられそうだ。

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